雨を待っていた

酷い暑さと書いて酷暑

 

身体を蝕み、いたずらにそのコンディションを悪化させていっている状況があまりにも辛い。

こんな暑さ、体験したことがない。

誰しもがそう思っているが、俺は、周りの人が浮かべている涼しい表情が耐えられない。他人の顔がすべて悪魔の微笑みとなって脳に入っている。この世の中は妬み、嫉みにあふれていて、他者の人生を阻害するような意識がインターネットを通じて飛び交っている状況である。俺は、そう認識している。

暑さによって俺の頭はどんどん冴え渡り、ヘイト感受装置としての機能を遺憾なく発揮している。

冴えているという表現が正しいのかどうかはわからない。自分自身に自信がない、という状況を、自覚し始めてきたのが本当に運の尽きだと思っている。

暑さを極めていく夏に対し、心の冬は厳しい寒さを感じ続けている。思えば、着る服を何も持ち合わせていない。調達してきたものが、全て破れてしまった。裸の人生を送っている。ほころびが、また同じところからほころび、俺の服は何一つ残っていない。

こんなに暑い夏を経験したことがない。

とは思っていても、この暑さはまた来年もやってくるのだ。

そのたびに俺は後悔の言葉を書き溜めて仕舞うのだろう。

アスファルトが湿っているのを見て、俺はこれもまた繰り返しだとしか思えない。

俺は着る服を失っていく。

着る服を用意するために、頭を冷やして新しいものを得るためにこの場所に立ったはずなのに、俺、まだ裸である。

失うものはなにもない、って言う人いるけど、俺は自尊心と羞恥心を身にまとって未だに裸で、戦うためのエネルギーを持っていないのかもしれない。

いたずらにスキルだけ鍛えていったし、結局のところ人頼みの人生を送っていることを恥じているにもかかわらず、なんの一歩も踏み出せていないこの心の苦しさはいったい、どうしていつまでも俺の足を叩き続けているんだろうか。

 

トラウマが多すぎる。

 

19歳だか20歳のときだ。北海道に帰った夏、あの夏もつらい時期だったと記憶している。日差しの強い島で引きこもり、音楽に明け暮れ、どうにも理解して俺を利用してくれる人がいないと思っていた島が辛かった。碁盤の目のアスファルトが、昼間の気温を夜に向けて貯め込む時期に北海道に帰った。

あのままもう戻りたくない、そう思っていた瞬間もあったような気がする。

真面目すぎることが欠点だ。真面目過ぎて、人の言うことを真に受けすぎて、身動きが取れなくなる性格を持つ俺は、ある夜、とある定食屋の店主に手を握られた。

何事かと思った。酔狂な人なのかもしれないと思う間もなく、その人はただ俺の手相を見て、大物になるとつぶやいた。

なんの根拠に、と、俺の心がつぶやいたとも記憶している。

ただただ俺はその、大物になる、とか、その根拠のない言葉が怖すぎた。お前に俺の人生の何がわかるんだと。いたずらにそのようなことを俺にいうべきではない。少なくとも俺には。

そう思っていたタイミングで、横にいた友人、もはや、元友人と表現しておくべきかもしれない。

彼は、俺のいないところで、俺の手相を見たオヤジの言葉を聞いたらしい。「長生きしない」と。

 

不安になる時、いつも思い出す。悔しくて涙が出る。

結局のところ何も成し遂げていないのに、どうしてこういう結末が導き出そうとしてしまうのだろう。

 

他人に心を覗かれるのが不安すぎて、俺は俺という人間のアイデンティティーを表現しているんじゃないか。

 

そう思うのが、会社で執り行われたとある検査だ。

 

人の強みと志向を割り出す検査だが、俺はウィーク・ポイントをさらけ出すような気持ちにさらされた。

心を覗かれるのが本当に怖かったのだ。

 

人々は気持ちをさらさない。

俺も気持ちをさらさない。

 

探り合うこともしない。

 

その探り合いが、本当に嫌なのだ。

 

一人で生きていたいとは思わない。

でも、共感性を持ち合わせない人とやっていけない。

 

 

どうしてここまで弱い心を育てねばならなかったのだろうか。

 

 

 

自分の置かれている状況や、物事をはっきりさせるにはちょうどいい季節なのかもしれない。またこの季節がやってきたと思えばいいのかもしれない。

しかし。俺は安らぎの人生を送っている時期がバカすぎて、こう冷静になる時期がつらすぎる。

夏。端的に言って苦しみの季節。

 

この寝苦しい夜に通り過ぎた雨雲が落としていった雨粒は、あっという間に気化熱と引き換えに消えていった。

 

雨を待っていたはずだったが、俺の期待した雨ではなかったのだろうか。

希望を写す水たまりに足を突っ込むには、まだ早い夜なんだろう。

水たまりに希望を感じては裏切られて、その繰り返しだったのだから。今更、性急な状況変化なんか求めちゃいないのだ。

 

長い冬があけていく。

俺はそれを夢見るために、眠りにつく。

眠れるかどうかわからないまま、布団に入る。

胸いっぱいに外の空気を吸い込んでから。

 

長い冬があけていく。